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ドメニコ・リヴェラーニ Domenico Liverani

ドメニコ・リヴェラーニ
Domenico Liverani (1805 Castel Bolognese - 1876 Bologna)

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1805年8月13日、父マルコ・リヴェラーニ(Marco Liverani)と母ルイジア・ピラッツォーリ(Luigia Pirazzoli)の息子としてカステル・ボロニェーゼで生まれた。

ドメニコ・リヴェラーニは12歳の頃にクラリネットに興味をしめしたので、地元の吹奏楽団に登録をした。
そこで、情熱的な地元のクラリネット奏者ピエトロ・バルビエーリ(Pietro Barbieri)のおかげで、リヴェラーニは音楽を学ぶことが出来て、クラリネットに愛着を持つようになった。

1822年からボローニャ音楽学校でクラリネットをペトローニオ・アヴォーニ(Petronio Avoni ? -1835)、ピアノをベネデット・ドネッリ(Benedetto Donelli)、作曲法をスタニスラオ・マッテーイ(Stanislao Mattei 1750-1825 生徒にロッシーニ、ドニゼッティ、モルラッキがいる。1800年、8歳だったロッシーニがボローニャ音楽学校で勉強をしていた)を師事した。

イタリア各地、パリ、ロンドン、ハンブルグなどヨーロッパ各地で演奏をしたとされている。
1831年、ボローニャ音楽学校でクラリネットを教えていたペロトーニオ・アヴォーニ(Petronio Avoni)の後任し任命された。
1832年から1868年または1869年まで、ボローニャ音楽学校でクラリネットの教授となった。

1829年にロッシーニはパリでオペラ「ウィリアム・テル」の初演を終えパリでの生活を終え、1830年にボローニャへ戻った。
その頃のボローニャは、ナポレオン・ボナパルト没落後、フランス領からイタリア王国になり教皇庁支配が復活していた。
1831年から1849年にオーストリア帝国に支配された。

ボローニャに戻ったロッシーニの大きな音楽活動は、1831年から1832年に第2版になる「スタバート・マーテル」が作られた。
この後、ロッシーニは音楽界を引退すると発表した原因のひとつに、自身がパリから去った後の1830年7月27日から29日に起こった「フランス七月革命」だっと言われている。

リヴェラーニは、同時期にロッシーニと同じ街で暮らしていたので、ロッシーニと一番近いクラリネット奏者だった。
1845年にリヴェラーニの母が亡くなった時、ロッシーニはリヴェラーニに追悼の手紙を送った。
それから、ロッシーニは自身の病気の事、ボローニャからフィレンツェへ転居しようと考えていること、依頼されている合唱などを委ねたいこと、など多くの手紙のやりとりをしていた。
それは、ロッシーニが晩年、パリへ戻った時まで続いた。
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Carissimi Liverani
È con somma gioia e viva riconoscenza che io accetto la dedica del Grande Concerto per Clarinetto con orachestra da voi composto, questo lavoro alquanto fantastico ed a pari tempo sentimentale è degno del suo autore (che è il migliore dé miei amici) a cui sono lieto di offrire una della corone che freggiavano (Jadis) il fronte di
Rossini vostro
Passy de Paris
18 agosto 1865

~~ 最愛なるリヴェラーニ
貴殿が作曲したクラリネットとオーケストラの為の大協奏曲の献呈を受けい入れるのは、最大の喜びと深い感謝の気持ちです。
この素晴らしい作品と同時に、感傷的で価値のある作曲者(私の最高の仲間たち)
この王冠を私は正面に飾って誇らしく嬉しく思います。

あなた達のロッシーニ
パリのパッシーより
1865年8月18日


1858年、リヴェラーニはイタリアで初めてベーム・システムのクラリネットを採用した教師になった。
また。ベーム・システムを使用し始めた頃は、リードを上向きにして吹く奏法だったようだ。(上に添付してある写真参考)

リヴェラーニの弟子にウリッセ・バルシメッリ(Ulisse Balsimelli 1843-1885)、ジュゼッペ・レオネージ(Giuseppe Leonesi)、ジゥーリオ・マルティネッリ(Giulio Martinelli)、マルチェッロ・セラフィーニ(Marcello Serafini)などがいる。


= 作品録 =
- クラリネットとピアノ
・Cujus Animam dallo “Stabat Mater” di Rossini
・La Promessa – L’Invito, 2 Melodie del celebre Rossini trascritte
・Melodia Drammatica di Rossini, tradotta e liberamente variata / Trebbi
・Melodie dei Puritani di Bellini, trascritte e variate
・“A Lei” - Melodia Drammatica di Donizetti, tradotta e liberamente variata
・Quartettino nell’Opera “I Puritani” di Bellini, variato
・Cavatina della Traviata di Verdi / Ricordi 1867
・Fantasia sulla cavatina dell’Opera Niobe di Pacini / Lucca
・Terza fantasia sulla cavatina della “Niobe / Ciriani

- 歌、クラリネットとピアノ
・La Seduzione, canto orientale di Giosa
・Romanza nell’Opera “L’Africana” di Meyerbeer
・La Veglia, romanza di Campana
・Aria nell’Opera “Marta” di Flotow
*Cavatina nell’Opera “Il Faust” di Gounod

- クラリネットとほかの楽器
・Fantasia per clarinetto, fagotto e pianoforte / Cipriani
・Terzettino trascritto dall'opera "Il Trovatore" per clarinetto, violoncello e pianoforte / Ricordi 1857

- クラリネットとオーケストラ
・Introduzione e Variazioni / Cipriani
*Concerto su motivi del Guglielmo Tell di Rossini





~ カステル・ボロニェーゼ ~

以前、カステル・ボロニェーゼへ行ったことがあります。
行ったというより、乗り換え駅で時間があったから観光をしました。

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少し写真を撮り、街の中心部の大聖堂内部を観光したら、吹奏楽団もちょうど街の中心部に到着していました。

ドメニコ・リヴェラーニがこの街の出身だと知っていたら、もう少しなにか痕跡を探したかも知れないですが、偶然寄った街で吹奏楽団と出会いがあったから思い出になったと思います。

ドメニコ・リヴェラーニも、この街でこのように演奏していたのかもしれないです。

全ての写真は2012年4月12日に撮影をしました。
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↑この写真の場所をGoogleマップで調べたら、この横断歩道から左に伸びるVia Francesco Liverani (1823-1894) フランチェスコ・リヴェラーニ通りがある事がわかった。
フランチェスコ・リヴェラーニは1800年代イタリアをフランスが支配した時に修道院を制圧しようとした時に動いた人物の様です。
ドメニコ・リヴェラーニと親戚なのかもしれない。

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写真:市庁舎前を横切る










by clarinetto | 2020-05-09 13:16 | イタリア人クラリネット奏者

イタリアに留学していたクラリネット奏者+元イタリア・スローフード協会会員、奥田英之がイタリア各地の音楽院図書館から1800年代に出版され絶版になってしまった楽譜を発掘し紹介しているブログです


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